私が独断と偏見で思ったことを綴った戯言日記です。
「味はともかく長靴いっぱい食べたいよ」
と言われる日記を目指したいと思っております(何)
文字サイズ「小」推奨。日本語万歳。
以下、注意事項みたいなもの。
感情の発露は「喜怒哀楽」ではなく「怒哀喜楽」の順番だ・・・・という、臨床心理の話があります。
心の井戸に沈んでいる感情は、「怒哀」が上層にあって、「喜楽」が底にたまっている。
怒りを吐き出さないと、哀しみは出てくることができない。
哀しみを吐き出さないと、喜びは出てくることができない。
喜びを吐き出さないと、楽しさは出てくることができない。
その通りかもしれないなぁと、実体験も込めて非常に参考になった考え方です。
怒りや哀しみをぶちまけると、気分が爽快になります(怒哀→喜)
「泣き笑い(哀→喜)」っていうのもあるしね。
「楽しい」は最後。つまり他の感情が出し切られた状態だから、「楽=ぼけーっとしたイメージ」というのも納得(笑)
「怒哀喜楽」を知る前から、ワタクシも「喜怒哀楽」はただの語感の良い組み合わせ順であって、感情出現の優先順ではないだろうなーとは、漠然と思っていました。
でも、なんとなく「哀怒喜楽」のような気がしていました。
「哀しみ」こそが、感情の中で最大・最強のものだと思っていたから。
「哀しみ」って、自分の力ではどうしょうもない不条理や理不尽に晒された時に感じるじゃないですか。
だから、大きな理性を持った人間の宿命的なものだと考えたのです。
「怒り」っていうのは、その「哀しみ」が連れてくるものなんじゃないかと。
そうではなく、まず「怒り」があって、それを爆発させることによって「哀しみ」が訪れる・・・・とはね。
じゃあ、不条理さ・理不尽さを感じたとき、まず湧き上がってくるあの「哀しみ」のようなものは、一体何だろう?
そう問い直した時、それは「哀しみ」から自分を守るための、防御本能なのかな・・・・なんて、考えたりしました。
「怒り」を爆発させてしまったら、「哀しみ」を抑えることができなくなってしまう・・・・それを防ぐための、頭の蓋の圧力なのでは。
つまり、あれは「哀しみ」ではなくて「抑制」だったのかな、と・・・・。
人間の感情を抑えるのは、やっぱり頭であり、それは「哀しみ」にも似た張り裂けんばかりの、感情ならざる感情をもたらすのか。
感情の「抑制」こそが、大きな理性を持った人間の宿命的なものって言うのは、気持ち悪いくらい実感が持てるなぁ・・・・。
そんなことを、このコラムを読んでいたら思い出しました。
ムッとしても怒りを引きずらない人の習慣
http://allabout.co.jp/gm/gc/391677/
今日は、こちらのニュースから。
「平清盛」視聴率、今期最低の11%台に
http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK201204020142.html
ワタクシは「平清盛」は「見る人を選ぶドラマ」だと考えています。
だから、見ている人の数が少ないのは仕方がない・・・・と、このドラマの低視聴率は気にしない方向でいます。
ちなみに、ワタクシは見てます。面白いと思っているので。
打ち切りにさえならなければ、それでOKです。
作品の質と視聴率は必ずしもイコールではないと思っていますし、自信を持って見続ける所存です。
気にしない・・・・とはいいながら、気になるのは「視聴率が下がり続けている」とは「見ていた人が、見るのをやめていっている」を意味すること。
「少ないまま増えない」ならまだしも、「脱落者が出ている」わけです。これは、ちょっと心配。
なんで見るのをやめちゃうのかといえば、やはり「平清盛は見る人を選ぶドラマだ」にあるからなのではなかろうか。
では、「平清盛」は何故見る人を選ぶのか。
それは「平家物語」「保元物語」「平治物語」の教養があるかどうかとか、一般には馴染みのない時代だからとか・・・・そういうこともあるのかもしれないですが、それよりも前に、どうも「平清盛」という言葉を聞くと、
「源平合戦」
この言葉のイメージが先行してしまう人が多いのでは・・・・というのが、発端になっています。
「源平合戦」がイメージされたら、きっと視聴者は「源氏と平氏のガチンコバトル」を期待してしまうでしょう。
でも、ドラマを見ると分かると思いますが、派手なドンパチなんてサッパリありやしません。
つまり、先行するイメージ通りにならず、「期待はずれ」になってしまうから、どこに面白さを求めたらいいかが分からなくなって、脱落しちゃうのではないでしょうか。
そもそも「清盛の時代」とは、どこが面白いのか?
職場の友人に頼まれて、大河ドラマ「平清盛」に関係しそうな系図を作っておりました。
「歴史は地図と年表があるとイメージしやすい。飛鳥・奈良・平安は系図もあるといいね」というような会話からの流れで頼まれたのです。
きのう14枚ほど完成したので、プリントして渡してみたら「おお、すげー!」とお褒めの言葉を頂けました。
本から画像ソフトに書き写すだけの作業ですが、構図とか色々と苦労もあったので、もっと褒めてもいいぞよ(何)
せっかくなので、装飾と彩色を施して、blogにもアップしてみようという魂胆が、今日の日記です。
「平清盛」を視聴されている方は、気が向かれたら参考になさってみてくださいませ。
歴史はイメージさえ掴めれば、こっちのもんですよー。
ついでなんで、かるーく解説もつけちゃいます。
(赤い枠の名前は、今年の大河に出ている、あるいは出てきそうな注目株の人物です)
■藤原氏略系図
今週の放送で亡くなった「待賢門院璋子」サマと、「美福門院得子」サマの関係が分かるかなーという系図。
ドラマで名乗ったかどうか忘れましたが、実はお二人とも藤原氏。
藤原璋子サマと藤原得子サマなのですねー。
璋子サマの父(公実)と得子サマの祖父(顕実)が兄弟という、意外と近い関係。
鳥羽天皇の母も親戚筋で、璋子サマにとっては従兄弟にあたります。
藤原氏といっても摂関家とは違う傍系で、「望月の歌」で有名な御堂関白「藤原道長」の叔父の系統に列なります。
(ちなみに「鳥羽天皇の母は摂関家の娘じゃないの?」と思われた方。鋭い!このあたりにも、一時は「この世は望月の欠けたところもないようだよ」と詠うほど栄華を極めた摂関家が、この頃はもうボロボロだったのが伺えますね)
ついでに、先週の放送で亡くなった清盛の最初の妻・明子の系図(高階家)も載せました。
舅殿(高階基章)が「祖父の系統を辿れば紫式部にも繋がる」と言っていた通り、先祖には「源氏物語」で有名な紫式部がおります。
紫式部の旦那は、親子ほども年齢の離れた中年男・宣孝で、紫式部と結ばれる前に何人か子供がおりました。
そのうちの1人が、待賢門院璋子サマの母方の祖先となっています。
■桓武平氏略図
平安京遷都を行った桓武天皇の、何番目かの皇子・葛原親王の子が、平氏の姓を賜って臣籍に下ったのが「桓武平氏」の一派です。
このうち、高望王は肥沃な関東に下って統治する道を選び、「坂東平氏」の祖となります。
高棟王は京から離れず中央政権に残り、公家平氏(堂上平氏)と呼ばれる一族の祖となります。
今週の放送で登場した、清盛の正室・平時子(二位尼)の実家は、この公家平氏の出身です。同じ平氏でも、だいぶ遠い親戚です。
坂東に根を張った平氏は、平安時代の前期~中期頃にかけて「平将門の乱」と「平忠常の乱」という、大きな戦乱を起こしています。
将門のほうは平氏が一丸となって討伐し、早くに決着がつきましたが、忠常のほうは失敗。戦乱が長引いてしまいました。
すると中央から源氏が派遣され、ようやく乱は鎮圧。これを機に源氏が坂東で幅を利かせるようになっていきます。
そんな「源氏の我が物顔」がイヤになった平氏の一派が、伊勢國に流れて根を張り、伊勢平氏(つまり清盛たち一族)の祖先となった・・・・と言われているみたいです。
清盛たちは、平氏の傍系であるばかりか、坂東から逃げ出した一族でもあるわけで、藤原氏どころか同族(坂東平氏)からも低く見られていたのではなかろうかと、ワタクシは想像しています。
この点、武家政権を樹立させる意味においては、祖先が築いた名声と父(義朝)が築いた坂東の地盤を背負ってスタートできた頼朝と比べると、忠盛・清盛親子には大きなハンデがあった・・・・というのが、マイ平家パワーバランス論です。
ところで、この平安時代末期を彩った武家同士の争いって、「源氏vs平氏」の戦いだと思ってません?
よく「源平合戦」と言われるし、最終対決が「源頼朝vs平宗盛」だったので間違いとは言い切れないんですが、桓武平氏の系図を見ると、頼朝の側について戦った人たちが目につくかと思います。
源頼朝の舅・北条時政。頼朝側のナンバー2・平広常(上総介広常)。義経と口論した梶原景時。平敦盛を討った熊谷直実。etc・・・・。
「源平合戦」は、実質上は「坂東平氏」と「伊勢平氏」の戦い、つまり「平平合戦」だった・・・・と考えてみると、流謫の身である頼朝が「奢れる平家」を相手になぜ戦えたのか?坂東の武士たちはなぜ平家の元に集わなかったのか?鎌倉幕府の源氏公方が三代で滅びてしまったのはなぜか?のあたりが、見えてくるんじゃないかなーと思ったりします。
(余談ですが、忠常の子孫・平常兼を千葉県の方は注目!そう、この人こそ千葉氏の初代。千葉サンは坂東平氏だったんですねー)
■熊野別当略系図
今日は、こちらのニュースから・・・・と言いながら、ちょっと関係ない話になります。
外国人介護士 春、さらに門戸を開け
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20120330k0000m070116000c.html
以前、職場の知人が「介護職の給料は安月給のままにするべき」「むしろ下げるべき」という主張をしていました。
これには、おどろきましたよ。
「介護職は給料が安過ぎる」というのが「社会問題」になってると、ワタクシ思っておりましたので。
給料が安過ぎるから、やりたいけどできない・やり続けるのが不安だという人が続出し、求職者が減り、離職者が増え、そのために介護業界は慢性的に人手が逼迫しているんだと。
「給料を上げるのが急務」だと思っていたのに、「そのままにするべき」「むしろ下げるべき」って、どういうことなのかサッパリ分かりませんでした。
何故に「安月給のままでいい」「むしろ下げるべき」なのか?
彼の主張によると、「給料を上げると介護の質が下がるから」なんだそうな。
現状では、介護職員は一般サラリーマンよりも安月給。
仕事量の多い体力仕事だし、夜勤や不定休があたりまえだし、認知症高齢者の意味不明な言動や、家族さえお手上げした大暴れに、丁寧に付き合わねばなりません。
こんな激務な職場、普通は誰もやりたがりません。単純に考えれば、現状は「それでもやりたい」という熱意と志のある人が、この仕事に就いていることになります。
もし、介護職の給料が一般サラリーマン並みに上がったらどうなるか・・・・?
「介護やりたいわけじゃないけど、仕事がないから」という、熱意や志の低い求職者が流れてくることになります。
すると、介護職員が矜持とするべきモラルが下がり、本来やる気のあった志ある人のモチベーションも下がり、職場の熱意が下がり、介護の質が下がることになります。
「それでいいのか?よくないよね?」というのが、知人が「給料を上げるの反対」している理由。
それに、もしも給料を上げたら雇える人数が減ってしまいます。
年収300万円を1人を雇うのと、年収100万円を3人雇うのとでは、100万円を3人雇った方が現場の「質」を維持できるに決まってます。
そんな安月給では仕事を続けられる人いなくなっちゃうよ・・・・というところですが、ではどうすればいいのかというと、介護する人は安価な外国人を雇って数を揃え、日本人は指導・管理を行う人として養育すればいいとのこと。
こうすれば、数を揃えることもできるし、介護の指導は日本人の監督で行えるから、大体の問題は解決するというわけです。
言いたいことは、分からんでもない。
だけど、だけど、
「それなんか勘違いしてない?」という気が、してならないんです。
タレントの猫ひろしサンが、カンボジア代表としてオリンピックに参加することになったそうです。
猫ひろし、カンボジア五輪代表決定に周囲の反応は?
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0327&f=entertainment_0327_005.shtml
カンボジアからの「やってみない?」というオファーに応じたんでしたっけ。
まぁ、応じられるほどの実力があったってことですね。
精々、精々頑張ってください。
ワタクシはオリンピックは見ない派ですが、マラソンだけ見ようかな・・・・とか、思ってますよ。
ところで、今回のことで「猫ひろしがカンボジア代表になった」という話に「否定的な人」を、匿名掲示板やらmixiニュースやらでちらほら見かけました。
それに同意も批判もする気はないですが、ただ大体が「彼が芸人だから」批判してるように見受けられました。
もしも猫ひろしサンが、元サッカー選手とか、元消防士とか、元ハリウッドスターとかでも、同じようなことを言うんだろうか?
言わないような気がする(笑)
猫ひろしサンが芸人だから、芸人のクセに五輪で話題をかっさらっているから、言ってるんではあるまいか。
だとしたら、それって職業差別じゃないのかねぇ。
「漫画家は卑しい」とほざいた石原都知事や、米内光政を「軍人だから教科書に載せるな」と主張した岩手県教職員組合の一部教員と同類・・・・ってことにならんだろうか。
「職業に貴賤はない」とワタクシは思っているので、とても違和感がありました。
あと、「五輪が終わっても一生カンボジア人として生きろ」という意見も、どうなのかなぁと気になりました。
「国籍」をどこにするのかっていうのは、政治的な話。
つまり、「スポーツと政治は別物」と考えられない顕れなんじゃなかろうか。
ヒトラーがベルリン五輪を利用したことや、日本やアメリカがモスクワ五輪をボイコットしたことや、今後それと似たようなことが起きたとしても、批判できなくなりますね。
まぁ、ワタクシは「スポーツと政治は密接に関係している」と思っているので、こっちは気になっただけで違和感ないんですけど。
もしも「一生カンボジアで暮らせ」と言いながら「スポーツと政治は別物」と考えている人がいるのなら、それ矛盾してませんかと言いたくなってしまいますねぇ。
※以上は49%ジョークですw
今年の大河ドラマ「平清盛」
視聴率はあんまり振るってないなんて話を聞きますが、制作者じゃないし、他人の評判なんて一切気にしないのがスタンスなので、ワタクシには関係ありません。
去年より視聴率が悪いっていうのも、なんか胡散臭さ満開だしね(笑)
ワタクシの周辺でも、一部は盛り上がってますけど、全体的には見てないとか、見ても分からないとかいうかんじ。
なので、ここに平安末期ネタを書くのは遠慮しようと思っていたんですが、ちょっとした必要が生じたので、時々綴ってみようと思い直しました。
いつも自己満足でやってるわけだし、まぁいいか・・・・というのも半々。
興味ない方は、いつものようにUターンしてください。
昨日の放送では、崇徳天皇の退位と近衛天皇(体仁親王)の即位が描かれていました。
「体仁親王をアナタ(崇徳天皇)の養子にして、譲位してちょーだい」
「上皇になれば、実権を握れるわよ」
と、得子に囁かれ、実権のない虚しい地位から脱したかった崇徳天皇は、よしとばかりに譲位してみたら、
「皇太弟に譲位する」
と譲位の詔で読まれて、「皇太・・・・【弟】だと!?違う!違う!」とあわてふためく、陥れられた崇徳天皇が描かれていました。
この辺、まずは系図を描いて、ちょこっと整理してみます。
こんなかんじ。
今日は、あの東日本大震災からちょうど1年の日。
瓦礫の処理も、復興の目処も、原発事故の終息も、まったく見えてこないので、区切りと言う感じが全くしません。
テレビは盛んに、区切りにしようとこじつけて視聴率稼ぎしてましたけどね。
ワタクシは私用で新潟市のほうに行っていたんで、昼間のテレビは見てないんですが、その帰り道にTSUTAYAに寄ったら、ものすごい混雑振りでした。
「今日何があったの?」と開いた口が塞がらないほど。
これ、もしかしてテレビつまんないからレンタルに来た・・・・とかいうヤツでしょうか?(笑)
今日は、あの東日本大震災からちょうど1年の日。
あの大震災以来、日本の国民性が変わったような気がします。
どう変わったかと問われたら、具体的には挙げられないですが・・・・・。
本気でチャラチャラしている人が見かけられなくなったというか?
「そんな場合じゃないだろ」っていう意識が、どこか目覚めたような感じがしています。
そういう面では、テレビのタレントは、明らかに変わりましたね。
震災直後、仕事が全くなくなって、
「タレントって何だろう」
「テレビ番組って何だろう」
「自分たちは必要とされていないのでは」
と考えさせられたタレントが多かったらしく、そんな話をよく聞きました。
事実、去年の夏頃からは喪明けを待っていたかのように、チャリティライブのニュースをよく見かけましたね。
あと、バラエティでも、以前のような無意味で面白くもない、むしろ腹立たしいだけの悪ふざけが、劇的に減っているように思います。
・・・・震災前と比べて、タレントの元気がなくなった、というか、どこか陰を帯びてしまった、とも見えますけどね。まぁ、穿った見方ですけども。
国民性の変化に、元気のなさもあるのかなぁ。
大震災のあの時、東北を助けたいけど、何もできないって言う無力感、確かにありました。
それでも、「せめてもの気持ち」を届けたいと、新潟市の陸上競技場まで「支援物資の募集」に応じるため行ったりしました。
無力感を塗りつぶすための足掻きだと分かっていながら、でもじっとしてられなかったのでした。
何を送ったら喜ばれそうか色々と調べて、サランラップとティッシュと水のいらないシャンプーと女性用生理用品があると有難いらしいと結論付けて、同志の何人かと相談してかき集めて持って行きました。
あの時は、すさまじい渋滞だった。
ワタクシは善意ってあんまり信じてなかったというか、半分はキレイゴトでできてるよって思っていたんですけど、その考え方を少し変えられた、そんな渋滞でした。
「せめてもの気持ち」っていうのがね。あるんだなって、改めて。
変えられたと言えば、福島の方の知人が、あの日以来ガソリンを満タンにしないと、どこか不安な気持ちを覚えてしまうようになったそうな。
ガソリン不足、深刻だったもんね・・・・。
あと、いつでも持って逃げれるように荷物をまとめているとか、食料を備蓄しているとか、小物(懐中電灯、ホイッスル、方位磁針など)を常備するようになったとか、色々と習慣が変わったという人がおります。
自分は、何か習慣、変わったかなぁ。
節電も備蓄も小物常備も、元々していたしねぇ。
以前の3倍くらいの頻度で上書き保存するようになった、くらいかな(笑)
あ、震度3くらいじゃ驚かなくなりましたね。
落ち着きがあっていいことなのか、もう少し慌てろよってことなのか、分かりませんけども。
それから、地震に敏感になったような気がします。
震度1くらいでも、「あれ、揺れてる?」とか気が付いて、テレビで地震速報→「やっぱ震度1だった」ってのがパターン化してます。
まぁ、「気づくようになった」のではなく「地震の頻度が増えた」ってことなんでしょうけども。
我が家の習慣では、高いところにモノを置かなくなりました。
珍しくこの習慣は続いてますが、たぶん「高いところにモノを置くのを忘れてる」という感じがしなくもありません(笑)
今日は、あの東日本大震災からちょうど1年の日。
大河ドラマ「平清盛」。
まだ第1話と、土曜日の再放送を仕事の休憩中にチラチラっと見た程度なので、録画を見てからリアルタイムで見ようと思っていたんですが。
職場のKクンに「頼長が出ますよ~」と吹き込まれたので、ガマンできずに見てしまいました(笑)
(のちの)悪左府、登場!!
いやー、中ボスって感じで、中々いいかんじw
積んだ本のズレをそっと直すシーンに、思わずニヤリとしちゃいました
(頼長は何事もキチンとしていないと気が済まない人。それを他人にまで過激に強要するので、「悪左府」と怖れられたわけです)
このまま「保元の乱」まで、イヤミたっぷりに突っ走ってほしい(切望w)
で、登場人物を見渡してみれば、崇徳院はいるわ、佐藤義教はいるわ、藤原忠通はいるわ、堀河局はいるわで、百人一首オンパレード。
さすが、かるた競技を題材にした連ドラを手がけていた人が脚本やってるだけあります。
藤原定家や藤原家隆や寂蓮や西園寺公経や二条院讃岐は出るのかな?そのあたりも、楽しみになりそうですなw
今日はドラマのタイトル「宋銭と内大臣」の内大臣・頼長で盛り上がりたいところですが、それでは負けた気がするので、「宋銭」のほうを取り上げてみようと思います。
前にも書いているしね(笑)
■不敵不敵 ~激情と赤裸々の悪の華(関連)
http://baron-baron.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-4e9e.html
ワタクシ経済はからっきしなんですが、まぁいつものように適当にやります。
お金っていうのは不思議なもので、思いもしないルートで近代まで繋がってくるので、「貨幣の歴史」っていうのも意外と面白いものですよ。
平安時代あたり税収は、「租」「庸」「調」でした。
米、布、綿、塩、馬などの生産される物資や、都での労働力です。
今日は、こちらのニュースから。
■トランス脂肪酸「健康への影響小」…食品安全委
(読売新聞 - 02月22日 16:27)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120222-OYT1T00334.htm
難しい話はよく分かりませんけど、まがりなりにも「マーガリン」を名乗っているので、記事に乗ってみる魂胆です。
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WHOはトランス脂肪酸の摂取量を総エネルギー摂取量の1%未満とする目標基準を設けており、欧米を中心に規制の動きが広がっている。
(略)
安全委は独自にリスク評価を実施し、多くの日本人の摂取量は1%未満だとした。
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この食品安全委員の説明には、理解に苦しむようなところはないと思います。
トランス脂肪酸の規制が進む欧米では、うろ覚えですがパンの消費量は1人あたり年間50~80kgくらいだったと思います。一番多いのは、ドイツ。
日本では、もっともパンの消費量が多い京都で一世帯あたり年間44kgというニュースが、ずいぶん前にありました。
一世帯が何人なのか一概には言えませんが、4人くらいと仮定すれば年間11kg。
ご飯茶碗で80杯分くらいでしょうか。
まぁ、マーガリンの使用法はパン以外にもあるんでしょうし、パンの総エネルギー量のうち、どれくらいがトランス脂肪酸なのかは分かりませんが、もっとも消費量が多い地域でこれくらいですから、全国平均ではそんなに多くはないのかな、という感じがします。
なので、記事にもあるように、脂肪の多い食事をしている人は気をつけなければならないくらいで、規制するまでもないよーという安全委員会の言い分は納得できなくもありません。
これで「規制を渋った」と言ってしまうのは、「こんにゃくゼリーは危険だから規制しろ」という声くらい、ひどいような気がしてしまいます。
で、セシウムが騒がれていた時にmixiチェックかなにかでちらっと書きましたけど、「トランス脂肪酸」なんていう健康への影響が小さそうなもので騒ぐよりも、「塩分」に気を配ったほうが、よほど意義があるじゃないのかと、意地悪く(しかし真剣に)思ってしまったりします。
ヨーロッパでは1日あたり10g未満ですけど、日本人は13gくらい摂取していて、国際的に見てその量は多め。
厚生労働省は1日10g未満を目標に掲げている一方、WHOの推奨目標は6g未満。
現実に倍以上の塩分量を摂取しているわけです。
トランス脂肪酸の基準値は致死量じゃないし、遠い将来の「死亡率」にちょっとだけ関わるもの。
それに対して「塩分」は、確実に来る「死に至る病」に関わってます。
高血圧は、ホンマに怖いですよ~。
最後に念を押しておきますが、「マーガリン」と名乗っていますが、トランス脂肪酸とは関係ありません。
また、最近結婚したおバカタレントの妹とも関係ありません。
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