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2011年1月18日 (火)

不敵不敵 ~激情と赤裸々の悪の華

夏目漱石の「我輩は猫である」で、クシャミ先生が細君に、

「一番長い字を知ってるか?」

と聞くくだりがあります。

細君の答えは、

「前関白太政大臣でしょう」


漢字で7文字は別に長くないし、これだけ見るとサッパリ意味がわかりませんが、「百人一首」の知識があれば、あっさり解決。

「わたの原 こぎいでてみれば 久方の 雲いにまがふ 沖つ白波」

《大海原に漕ぎ出でてみると、はるか沖の方に、雲と見間違うような白波がたっている。なんて素敵w》


「百人一首」に納められたこの和歌を詠んだ人の名が、「法性寺入道前関白太政大臣」

漢字で12文字は、100人中第1位(2位は「後京極摂政前太政大臣」の10文字)

ほっしょうじの・にゅうどう・さきの・かんぱく・だじょうだいじん。
細君は「この長ったらしい名前のことでしょ」・・・・と、答えているわけです。


そんな、長ったらしい前関白太政大臣の実名は、藤原忠通(ふじわらの・ただみち)

12世紀前半、平安時代後期を生きた、藤原の氏長者です。

というわけで、「平安時代をやろう」企画の第2弾。

ただし、主役は「藤原忠通」ではなく、彼の実弟「藤原頼長(よりなが)」でやってみようと思います。
(理由は後で述べます。なぁに、大した理由じゃないよ。←マジで)


藤原頼長。保安元年(1120年)5月生まれ。

関白・藤原忠実(ただざね)の次男として生まれました。

長男は、さっきの長ったらしい名前の忠通。永長2年(1097年)の生まれ。

頼長とは23歳差。親子ほどの年齢の離れた年の差兄弟です。

お父サン、だいぶ高齢になってから生まれたこの次男坊が、もう可愛くて可愛くてたまりません。もう、目に入れても痛くないほど(笑)

この可愛がりぶりが、やがて藤原一家に悲劇をもたらしていくことになりますが、それはまた別のお話・・・・と、します。


忠通には男の子がいなかったので、成長した頼長は、跡取り息子として実兄の養子に入れられました。

やがては摂関家を背負っていく立場。期待のホープとしての政界入りです。

しかし、彼は「親の七光り」で登って行くタイプの政治家ではありません。

彼の死後、甥っ子が書いた史論書「愚管抄」には、「日本一の大学生、和漢の才に富む(日本一の学者。和漢の書の知識はピカイチ)」と評されております。

彼自身もかなり有能な頭脳の持ち主で、しかも相当の努力家。学問の神様として知られる「菅原道真」よりも「知識があるはずだ」と自負するほど、勉強の才能には自信があったようです。

歴史物語「今鏡」には、「左の大臣は、御みめもよくおはし」とあるので、結構美男子だったみたい。

「日本史の美男子選手権」では、前回の在原業平は「美男子だけど勉強はできない」だったので、この時点では彼の方が一歩リードってところですかね。

(まぁ、業平の評は官撰の歴史書「三代実録」。頼長は物語での評価なので、信憑性は数段劣りますけどね)


美男子で、努力家で、天才政治家、そして摂関家の御曹司。親の七光りも受け、17歳の若さで内大臣、30歳で左大臣と、人位を登りつめていきます。

なんとも完璧で順風満帆な華やか人生ですが、そんな彼にも“欠点”と“特異点”があります。


彼の欠点・・・・それは「性格」。

頼長の性格を一言で表すと「クソ真面目」。

クソ真面目で努力家・・・・「人として結構じゃないか」と思れるかもしれませんが、彼の困ったところは、「それが度を過ぎている」ことであり、そして「それを他人にも押し付ける」ところにあるのです。

彼は蔵書家として知られているのですが、その蔵書を入れる書庫の完璧さといったら、ありません。

完璧に分類し、完璧に整理し、そして壁には石灰やカキ殻を塗布して補強するという徹底ぶり。

完璧。あまりにも完璧。

努力家は、度を過ぎると完璧主義になります。それを押し付けられたら・・・・たまったものではありません。

ある時、公務に遅刻してきた人がおりまして。

「遅刻とは何事だ!そこに直れ!」と、頼長サン、もうカンカンに激怒。

で、何をしたのかと思えば・・・・その遅刻してきた者の家を、打ち壊して燃やしてしまったのでした(!)

「お前が遅刻をするのは、家があるのが悪いのだ」ということですかね(汗)

他にも、道をすれ違う時に相手がマナーやエチケットを間違えると、「けしからん!」と揉め事に発展させたり、自分たちの牛車の前を通過した平家の一行を、「無礼だ!」と責め立てて車を打ち壊してしまったり・・・・怒りの沸点が低い上に、爆発力が尋常ではありません。

「愚管抄」にも「腹黒く、よろずにきわどき人」と評され、つけられたあだ名が「悪左府(あくさふ)」。

平安時代限定で「上司にしたくない人ランキング」をやったら、間違いなくトップ3に入るイヤなヤツでしょうね(他の時代も入れると、クセの強いのが山ほどいるからなぁ・・・・でも、上位には入りそう^^;)


そして、頼長の特異点。

それは、大の「男好き」。

このあたりは、頼長の日記「宇槐記(または宇左記・台記)」に克明に記されていることで有名でして、当時の性風俗を知る、貴重な史料として利用されているんだそうです。

論より証拠と言いますか、いくつか紹介してみると・・・・。


「今夜、衛府の三品(三位)と会って交わった。何年か越しの本意が遂げられた」
(康治元年7月5日)

【交】とか【本意遂了】とかがキーワードですかね。


「今日、公春(秦公春)と時通(藤原時通)と一緒に、お風呂に入った」
(康治元年9月23日)

男3人でお風呂・・・・。日記に書くほどのお風呂とは・・・・。


「ある人(かの衛府の三位)と会って、本意を遂げた。嬉しや嬉しや。どうしたらいいんだろう。夜更けに帰宅して、羽林(近衛)の四品(四位)と会って、交わった」
(康治元年11月23日)

嬉しや嬉しやと喜びながら、夜には別の人と・・・・。


「ある公卿と一緒に車に乗って、讃岐守(藤原隆季)の家に寄り、一晩泊まって、夜明け頃に帰宅した。去年から書簡を送って口説いていたのに、全然返事をくれなかった。この日の夕方、初めて会合できたのは、如意輪供に祈祷してもらったのが成就したんだな」
(天養元年4月3日)

如意輪観音に何を祈祷してるんですか(苦笑)
【会合】って、釣りバカ日誌みたいな表現ですが、原文ママです。


「深更、ある所に向かう。あの人が、初めて私をアレした。なんとも大胆なヤツだ!」
(天養元年11月23日)

リバーシ・・・・げふんげふん。
「大胆なヤツだ!」は、原文では「不敵不敵」と書かれてあります(どーでもいい・・・・)


「讃岐守の妻が亡くなった。夜更けに馬に乗って向かったが、使用人に告げただけで、逢わずに帰ってきた」
(久安2年8月12日)

わざわざ「逢わずに帰ってきた」って書かなくても・・・・。


「彼朝臣漏精、足動感情、先々、常有如此之事、於此道、不恥于往古之人也」
(久安三年1月16日)

極めつけ。セイヲモラス・・・・カンジョウヲウゴカスニタル・・・・
もう訳を載せたくもないし、感想を考えたくもない(苦笑)


「今夜は義賢が寝所に入ってきた。無礼に及んだ・・・・が、景味があった。(不快だった後ね。初めてのことだよ)」
(久安4年1月5日)

「景味」とは、何ともいえない心地よさ・・・・みたいな意味。

初めて受けで気持ち良(以下割愛)という内容ですが、注目は「義賢」という名前。

誰だろうと思ったら、注釈には「清和源氏・義賢」とありました。

かの「倶利伽羅峠の戦い」で平家をメタメタに敗走させる旭将軍・木曽義仲の、お父サンです(爆)

いや、(爆)って笑い事のように書いてますけど、静かな図書館の中、本当にぶっ飛ぶかと思いましたよ(-"-;

しかし、「無礼に及んだ」って、何をしたんでしょうかね。身分が下のクセに上になった・・・・みたいな意味?(これこそ、どーでもいい)


他にも【通ず】【濫吹を行ふ(濫吹とは、尺八をめちゃくちゃに吹くこと。転じて男色だそうな・・・・ムゥン)】【共に精を漏らす】なんてキーワードが随所に散りばめられ、にぎやかな様子が日記「宇槐記(宇左記、台記)」には克明に描かれております。

興味が湧いた方は読んでみるのもいいでしょうが、このような藤原頼長の波乱の性活(苦笑)が、明日放送の「歴史秘話ヒストリア」で、赤裸々に(本当にな)取り上げられるんだそうです。

そんなわけで、ちょうど頼長について調べていたところだったので、「放送される前に先取りしてしてしまおう!」という魂胆の日記なのでしたw

これで気になった人は、明日チェックしてみてくださいネ。


■“悪の華”は平安京の夜に開く~キケンな貴公子、藤原頼長~(公式ページ)
http://www.nhk.or.jp/historia/schedule/index.html

(頼長は、市川春猿サンがやるらしいですよ。女形注意報発令ですな・・・・)


彼の兄弟喧嘩の行方と悲しい最期については、また後日に譲ります。

つーか、ワタクシはわざわざ何を調べに行ってるんでしょうか・・・・(聞くな)



余談、その1。

「宇槐記」は、有職儀礼のことや、宮中での儀式、公家との交流など、ちゃんと日記にすべきことも、細かく記されています。

決して、アレのことばっかりが書いてあるわけではありません。頼長の名誉のために、声を大にして追記しておきます。
(中には「あいつを暗殺させた」みたいな、「それ記録するなよ・・・・」なことも書かれてますけど・苦笑)

ついでに、頼長は男オンリーではありません。妻もいれば、子供もいますのでね。
いや、両方ってのが、男オンリーよりフォローになっているかどうかは分かりませんが・・・・。



余談、その2。

前回の業平にならって、冒頭を「百人一首」から入ってみましたが、取り上げたのはお兄チャン・忠通の和歌。

これ何故なのかと言うと、頼長の歌は「百人一首」に入っていないのです。

というのも、どうやら頼長は和歌を詠むのが好きじゃなかったみたい。

「詩歌は楽しみの中のもてあそびなり、朝家の要事にあらず。手跡は一旦の興なり、賢臣必ずしもこれを好むべからず」
(和歌なんてのは道楽ですよ。書だってヒマつぶしでしょ。朝廷にお仕えするのに必要ないし、ヒマな人がやるもんだよねー)

と、言っています。

一方、お兄チャンは、政治の腕は普通だけど、歌や書が大の得意。
特に書は、書道の一派を開くくらい(法性流)

後年、仲違いして溝が深まっていく兄と弟。

この発言は、もしかしたら兄に対する毒舌批判なのかもしれませんなー。



余談、その3。

上記のように、和歌を嗜まない藤原頼長ですが。

「平家物語」には、彼が和歌を詠む、貴重なシーン(?)があります。

それは、源頼政(みなもとの・よりまさ)の有名な「鵺(ぬえ)退治」の場面。

朝廷からの依頼を受け、その弓の腕で見事に鵺を退治した頼政に、時の帝・近衛天皇は大喜び。褒美として「獅子王」という名刀が下賜されました。

渡すのは、朝堂のトップである左大臣・藤原頼長の役目。

剣を奉り、階段を半ばまで下りてきた、ちょうどその時。
ホトトギス(カッコウ?)の鳴き声が聞こえてきたのをとらえて、頼長が和歌を詠みます。

「ほととぎす 名をも雲井に あぐるかな」

《空高く鳴き声を立てる、あのホトトギス(カッコウ?)のように、そなたも宮中(雲井)に武名を響かせたことよ》

武芸とともに、和歌も大の得意だった源頼政。それを聞くと、

「弓はり月の いるにまかせて」

《弓張り月(三日月)が西の空に入る時、弓に任せて射ったら、偶然当たっただけにございます(月が入ると、弓を射るが掛かっている)》

即座に下の句を返し、剣を頂戴して退出すると、近衛帝は「武芸だけでなく、歌にも優れているようだ」と、いたく感心した・・・・という一幕。

「歌なんてヒマ人がやるものだ」と言い放った頼長が、何故に源頼政に上の句を呼びかけたんだろう?

よく言われているのが、「歌がうまい源頼政が、さらに武名でも話題をさらったのが、頼長的に面白くなかったからではないか」というもの。

イヤなヤツ代表みたいな「悪左府」のこと、あり得ない話ではなさそう。

でも、ワタクシは、意地みたいなのを何となく感じてしまいます。

何せ、源頼政は誰もが知る和歌の名人。
衆目の集まる御前で、自分の武勲でつかんだ栄誉の儀式。
歌のひとつでも詠んで披露したい!そんな気持ちでいっぱいのはず。

ここで、頼長が「そのチャンス」を与えなかったら・・・・?

「左大臣は歌がお嫌いであらしゃいますやろ?せやから、上の句を紡げやしまへんかったんですわ。一世一代の舞台やといいますのに、ホンマに酷なことをなさいますなぁw」

と、陰で言われかねません。

「違う!俺は歌ができないんじゃない!知っている上で価値を認めていないだけなんだ!」

世間に陰口を言わせないために、あそこで和歌を詠んだんじゃないかなと、あれは意地の行為だったのではないかとワタクシは思うんですが、どうでしょうかねぇ。

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