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2011年9月21日 (水)

信濃の国の兄妹

「武田信玄といえば、今でいう何県の戦国大名?」

という街角クイズを出題したなら、はたしてどれくらいの人が正解するだろうか。


「上杉謙信といえば、今でいう何県の戦国大名?」

という問題なら、きっと7割くらいの人が「新潟県」と正解してくれるのではないかと思う。

でも、信玄の場合は「知らない人3割、間違えた人3割」という計算で、正解率は4割くらいまで落ちるんじゃないかな・・・・と予想しています。

武田信玄といえば、やっぱり上杉謙信と戦った「川中島の戦い」のイメージが強い名将。

「ライバル謙信と直接対決をした=新潟県のお隣」となって、もしかしたら「長野県」と間違える人が多いのでは・・・・というのが「間違えた人3割」を予想した理由。


正解は、かつて「甲斐」と呼ばれていた「山梨県」の戦国大名。

「長野県人(信濃)」からしたら、信玄はむしろ侵略者。

なんせ、信濃守護の小笠原サンを追い払ったり、土着の国人たちを各個撃破したり、領民を奴隷として売り飛ばしたりしてましたからねぇ・・・・(^^;


だから、「長野県人なら誰でも歌える」というウワサの県歌「信濃の国」の歌詞には、「武田信玄」の名は出てこなかったりするのです。

これぞ、「長野県人は武田信玄をよそ者と思っている」何よりの証拠。

武田信玄は山梨県人なんです。間違いなく(笑)

今年は2度、長野県内を旅をしましたけど、武田信玄の扱いは、あんまり積極的なものではなかったなぁ、という印象が残っています。


ところが。

これを「武田二十四将」にまで範囲を広げてみると、1人だけ「信濃の国」で歌われている人がいたりします。

さて、それは誰でしょう?


「武田二十四将」とは、戦国大名・武田信玄に使えた24人の名将のこと。

全員の名前をいちいち列挙してもいいですが、めんどくさいので今日はパス(笑)

有名どころでは、山本勘助とか、馬場信春とか、高坂昌信とかがいます。


「信濃の国」に選ばれているのは、「仁科五郎盛信」という武将。

「・・・・誰?」と思われた方も多いかと思いますが、この人、実は武田信玄の五男。


「信濃の歌」には「武田信玄」は入ってないけれど、その息子「仁科盛信」は入っている。

これ戦国好きにもあまり知られていないトリビアのようでして、先日友人に話してみたら面白がられました。

ちょうどネタもないってことで、取り上げてみようと思った次第ですw



それにしても、どうして山梨県人「仁科盛信」は、長野県歌に名が載っているのだろうか?


武田信玄には、七男七女の子供がおりました。

武田信玄が亡くなった後、武田家の後を継いだのは、四男の武田勝頼。

一番上の兄は、父に謀反を企んだために自害。
二番目の兄は失明した盲人で、三番目の兄は早世。

こうした事情が重なり、四男で側室の子にも関わらず、勝頼に「後継者」という地位が転がり込んできたのでした。


「側室の子」ということで、政略のため他家に養子に出され、どこか本家からは疎外感を感じていた勝頼。

それは、同じ境遇だったすぐ下の弟の五男・盛信も同様だったのか、2人はとても気が合ったみたい。

織田信長&徳川家康の武田家への対決姿勢が激化してくると、勝頼は盛信に、信濃國・高遠城という、重要拠点の守備を任せることになります。

ちなみに、盛信の母は油川家の娘なので、諏訪家の娘を母にもつ勝頼とは異母兄弟にあたりました。


ところで、仁科盛信には「松姫」という同母妹がおりました。

父・信玄のもと、彼女は政略結婚として、織田信長の嫡男・信忠と婚約を結びます。この時、松姫11歳。

ところが、信玄が将軍・足利義昭の檄文に応じ、遠江國(徳川家康の領国=織田家の同盟国)へ侵攻。ここで「武田・織田同盟」は破棄されてしまいます。

しかし、松姫は何度も信忠と手紙を交換していたようで、気持ちはすっかり信忠の正室。

「もう織田と結ぶ可能性はないよ・・・・」という周囲の声には耳を貸さず、独身を貫くことを決意。

最愛の兄・仁科盛信が守る高遠城に逃げ込んだのでした。


天正10年(1582年)、織田家による武田征伐戦が始まります。

高遠城に攻め寄せた、5万もの部隊を率いる総大将は、なんと松姫の想い人・織田信忠その人。

対する高遠城の守備兵は、わずか3千。勝敗はついたも同然。

城を包囲した織田信忠は、「降伏勧告」を行いますが、盛信によって突っぱねられ、織田による総攻撃が開始されることになります。


勝頼の実弟であり、信頼の絆で結ばれている盛信に降伏勧告をするなんて、決裂するのが分かりきっている無駄中の無駄。

それをあえて行ったのは、信忠には「松姫が城内にいる」という懸念と、「松姫の兄だから・・・・」という思いがあったからではなかろうか。

松姫を救い出したかったのか、信忠は総大将にも関わらず、真っ先に城壁によじ登るという、無謀な行動に出たそうな。

しかし、信忠はここで「矢玉に当たって死ぬ」という最期は迎えませんでした。

誰よりも目立つ甲冑に身をまとった敵の総大将が、「城壁に登る」という無防備なことをしたにも関わらず、傷ひとつ負わなかったわけです。

これは、盛信が「妹の想い人だから」と、城兵に「信忠を狙うの禁止」したから、なのかもしれません。

妹の想い人に、「矢玉に当たって無駄死にする」なんていう目には遭ってほしくないと。

もちろん、城が落ち、自身は敗れ死んでいくなんてことは、覚悟の上で・・・・。


松姫の兄だから許したいと、降伏勧告を送った信忠。
松姫を助け出したくて、無謀な行動に出た信忠。
それを「狙うな」と命じた盛信。

松姫を軸に、敵同士の間で奇妙な情愛が巡った高遠城攻め。

この戦いは、織田の大軍を抑えきれず、高遠城の落城で幕を下ろします。

仁科盛信は、見事に自刃。享年25。


武田家の最期は、穴山信君、木曽義昌、小山田信茂と、武田一門にさえ裏切られて滅びていきました。

そんな中、兄・勝頼の信頼に最後まで応え、そして「あの織田に一矢報いた」盛信。

そして「妹の想い人だから・・・・」と、大将を狙うような真似をしなかった美談の人。

その武勇伝を讃えてこそ、盛信は「甲州人」にも関わらず「信濃の国」の詩に名を連ねている・・・・のかなぁと想像したんですが、どうでしょうかねぇ。


(実際には、「善政を敷いたから信濃の民に慕われた」というのが正解なのかもしれません。
首級を取られてしまった盛信の胴体は、領民によって手厚く葬られたそうです)




余談、その1。


松姫は、落城を予想していた盛信によって、あらかじめ高遠城から出されていたみたい。

「本能寺の変(信長とともに、信忠も戦死している)」や徳川家の信濃侵攻など、戦国の混乱に翻弄されながら、最終的には武蔵國・八王子に身を落ち着けました。

髪を下ろして尼となり、武田一族や信忠の菩提を弔い続け、56歳の生涯を終えたそうな。

この八王子には、松姫を慕って武田家の遺臣たちが集まり、徳川家康から領地を与えられて、「八王子千同心」と呼ばれる存在になっていきました。

幕末。この人々ゆかりの若者が、徳川家の治世を守るために結成したのが、新選組だったりします。



余談、その2。


尼になった松姫は、ある日「志津」という女性を匿うことになります。

彼女は妊娠中で、姉づてにやってきたのですが、やがて子を産みました。

この子、実は徳川秀忠の隠し子(笑)

「これがバレたら、江さまの悋気をこうむって殺されてしまう・・・・」と、逃げ込んできたのでした。

この子こそが、仁科盛信とともに高遠城を守っていた保科家に預けられ、会津の初代藩主となる「保科正之」その人。

この時、保科家の移封にともなって、高遠城の旧臣が大勢会津に移り住んだそうです。

この会津藩が、幕末に京都守護職となって、「新選組」を雇ったのは周知の通り。

「新選組」が松姫ゆかりの若者たちだってのは、さっき触れました。

松姫が縁となった両者が、250年後に京都でタッグを組んだわけで。

まさに「史実は小説よりも奇なり」。歴史の繋がりってのは、面白いほどに不思議なものですな・・・・。

(本人たちが、どういう認識でいたのかは分かりませんが)



余談、その3。


長野県歌「信濃の国」の歌詞に、「仁科盛信」の名があるというのが、今日の日記の趣旨ですが。

その歌詞を掲載しておきます。


(5番)

旭将軍義仲も
 仁科の五郎信盛も

春台太宰先生も
 象山佐久間先生も

皆此国の 人にして
 文武の誉 たぐいなく

山と聳えて 世に仰ぎ
 川と流れて 名は尽ず


・・・・ご覧の通り、歌詞は「仁科五郎信盛」ですが、本当は「仁科盛信」。

なんと、名前を間違えているんですね(笑)

トリビアの続きなので、補足としてご紹介しました。



余談、その4。


松姫が尼になった後の名前は、「信松尼(信松院)」といいます。

松姫の「松」に「信」の字を冠した名前となっています。

この「信」の字、いったいどこから来たんだろう?

父・信玄から取ったのか?

兄・仁科盛信から取ったのか?

想い人・信忠から取ったのか?

彼女の生涯を振り返ってみると、とても気になるところですw


ワタクシの想像は・・・・・・・・

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